熊本地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決 1994年4月25日
熊本市室園町二番二二号
原告
長嶋恵子
熊本市室園町九番八号
原告
牟田キミエ
右両名訴訟代理人弁護士
鶴丸富男
熊本市二の丸一番四号
被告
熊本西税務署長 稲藪千秋
右指定代理人
日高静男
同
川満敏一
同
中田誠一
同
佐藤寛
同
福田道博
同
松永誠
同
小松弘機
同
徳田実生
同
河野通法
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告が平成元年七月四日原告長嶋恵子の昭和六二年一〇月二八日相続開始に係る相続税についてした更正処分のうち、課税価格四一四四万円、納付税額九七八万〇二〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
2 被告が平成元年七月四日原告牟田キミエの昭和六二年一〇月二八日相続開始に係る相続税についてした更正処分のうち、納付税額一二五七万四六〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告長嶋恵子(以下「原告長嶋」という)は、緒方キヨノ(昭和六二年一〇月二八日死亡。以下「緒方」という)の代襲相続人長嶋虔五(昭和六三年三月一一日死亡)の相続人であり、原告牟田キミエ(以下「原告牟田」という)は、緒方の妹で同人の相続人であり、長嶋虔五及び原告牟田は、緒方の遺言によりその財産を承継取得した。
2 原告牟田は昭和六三年四月二八日、原告長嶋は同年九月一〇日、それぞれ緒方の死亡に基づき相続した財産(但し、原告長嶋については長嶋虔五が取得した財産についての相続税納税義務の承継人。以下同じ)について昭和六二年度分の相続税の申告をした。右申告においては、原告らを含む緒方の相続人(七名)が取得する相続財産の課税遺産総額(課税価格の合計額から遺産に係る基礎控除額を差し引いた金額)は一億四六九〇万円(相続税の総額は三八八一万〇六〇〇円)であり、そのうち原告長嶋が取得する相続財産の課税価格は四一四四万円、原告牟田が取得する相続財産の課税価格は五二四八万一〇〇〇円とされていた。
3 被告は、原告長嶋が取得した相続財産のうち、同人が利用区分を貸宅地とし、一四一三万〇六三三円と評価して申告した熊本市室園町五八四番一の宅地(登記簿上の地目は宅地、地積は一三四・六二平方メートル。以下「本件土地」という)について、利用区分は自用地であり、実際の地積も三四七・一九平方メートルであると認定し、その価額を二五六九万二〇六〇円と評価し直したうえ、平成元年七月四日原告長嶋に対し、次のとおり更正決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。
(一) 課税価格 申告額 四一四四万円
更正決定額 五三〇〇万一〇〇〇円
(二) 納付税額 申告額 九七八万〇二〇〇円
更正決定額 一三三三万六一〇〇円
(三) 過少申告加算税額 三五万五〇〇〇円
被告は右認定により課税遺産総額が一億五八四六万一〇〇〇円(相続税の総額は四三二四万三〇〇〇円)となったことから、相続人各人の算出税額の変更、納付税額の増額に基づき、右同日原告牟田についても次のとおり更正決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、原告長嶋及び同牟田に対する右各処分を併せて「本件課税処分」という)をした。
(一) 納付税額 申告額 一二五七万四六〇〇円
更正決定額 一三一八万〇四〇〇円
(二) 過少申告加算税額 六万円
4 原告らは、被告に対し、平成元年九月四日本件課税処分につき異議を申し立てたが、同年一一月二八日同申立てを棄却する旨の決定がなされた。
5 そこで、原告らは平成二年一月四日国税不服審判所長に審査請求をしたが、平成二年六月二五日付で同請求を棄却する旨の決定がなされた。
6 なお、本件課税処分においては、本件土地の評価について原被告間に争いがあり、その他の相続財産の評価については争いがない。
二 争点
原告らが相続により取得した緒方の相続財産のうち、本件土地について、<1>地積はいくらか、<2>賃借権の負担がついているか否かが本件の争点である。
三 当事者の主張
1 原告らの主張
原告らは、<1>本件土地の実際の地積は登記簿表示のとおり一三四・六二平方メートルであること、<2>本件土地は昭和六〇年一二月二八日緒方と長嶋虔五との間で賃貸借契約が締結されていたものであり、課税価格は借地権価格を控除した価格であること等を理由に本件課税処分は違法であると主張する。
2 被告の主張
これに対し、被告は、<1>本件土地は地積は実測によると三四七・一九平方メートルであること、<2>本件土地は被相続人である緒方と長嶋虔五との間で使用貸借契約が締結されていたものであること等を理由に本件課税処分は適法であると主張する。
第三争点に対する判断
一 争点<1>(本件土地の地積)について
相続税法二二条によると、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得のときにおける時価によってその評価を定めることとされ、また、土地の評価については、国税庁が定める「相続税財産評価に関する基本通達」(以下「基本通達」という)に依拠して行われており、特別の事情がない限り右基準によるべきと解される。そして、右基本通達によれば、路線価方式により評価する宅地の価額は、その宅地の面する路線に付された路線価により計算した金額により評価する旨定められ、地積は、課税時期における実際の面積によると規定されている(乙第二号証の一、二、第三号証、第四号証)。
右基本通達に基づく路線価方式による宅地の評価は、一応の合理性を有するものというべきであり、これと異なる基準によって評価すべき特別の事情の主張・立証のない本件においては、本件土地の時価は、本件土地の昭和六二年分の路線価を基に評価された価格に同土地の地積を乗じて算出されることになる。
1 甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、第三ないし第五号証、第一〇、第一一号証、乙第五号証、第九号証拠、第一五号証、証人渡辺武徳及び同田上昭一の各証言によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地の分筆前の地番は旧五八四番一、登記簿上の地積は六三四・〇一平方メートルであり、昭和五四年一〇月一五日に五八四番一(本件土地)、同番三及び同番四に分筆されている。その際、分筆登記の申請人緒方が同申請に添付した昭和五四年一〇月一二日作製の地積測量図(乙第九号証)によると、同番三の地積は二八九・六一六二五平方メートル、同番四の地積は二〇九・七六三八平方メートルとなっており、旧五八四番一の登記簿上の地積六三四・〇一平方メートルから右同番三及び同番四の地積の合計四九九・三八〇〇五平方メートルを控除すると一三四・六二九九五平方メートルとなる。
(二) 緒方からその遺言により財産を承継した者の一人である田上昭一(以下「田上」という)は、緒方の死亡に伴う相続税の申告をする際に土地家屋調査士に実測を依頼して、本件土地の地積を測量したが、その際に作製された昭和六三年二月一三日付地積測量図(乙第五号証)によると、本件土地の地積は三四七・一九平方メートルである。右測量は、田上の指示に基づき、東側が道路で側溝があり、西、南及び北側はコンクリートブロックが設けられている本件土地の状況を前提に、右コンクリートブロック及び側溝で囲まれた部分についてなされたものである。
(三) 原告長嶋及び同原告が未成年時の後見人である長嶋京の依頼により作製された平成元年十二月十四日付地積測量図(甲第一一号証)によれば、本件土地及び五八四番三、同番四を合計した地積は八四九・四九平方メートルであるのに対し、昭和五四年一〇月一二日作製の地積測量図(甲第一〇号証)によれば、五八四番三の地積は二八九・六一平方メートル、同番四の地積は二〇九・七六平方メートルであり、本件土地を含む三筆の土地の地積からこれら同番三及び同番四の地積を控除すると、残りは三五〇・一二平方メートルとなる。
(四) 本件土地上に昭和六一年八月二八日に建築された鉄骨造スレート葺二階建の共同住宅(以下「クレドール長嶋」という)の一階床面積は一五八・八〇平方メートル、二階床面積は一六一・〇八平方メートルであるところ、右建物は本件土地と隣接する北側の同番三の土地と相当の間隔をもって建築されている。
(五) 原告らは、本件相続税の申告当時においては、本件土地の地積は登記簿上の地積である一三四・六二平方メートルではなく、三四七・一九平方メートルであるとして申告していた。
2 右認定によると、本件土地の地積は、登記簿上は原告主張の一三四・六二平方メートルであるが、右数値は、分筆の過程を経て順次控除された結果得られた数値であって、実際の測量に基づいたものではないこと、他方、相続人の一人である田上の依頼により作製された地積測量図によると本件土地の実測面積は被告主張のとおりであることが認められるほか、コンクリートブロックで囲まれた部分が本件土地の範囲であると解するのが自然であること、長嶋京及び原告長嶋が依頼して作製した地積測量図によって本件土地の地積を算出すると三五〇・一二平方メートルとなり、ほぼ被告主張の地積と相似すること、原告主張の地積では本件土地上に建築されているクレドール長嶋の一階床面積にも足りないこと、原告らは、相続税の申告の際、本件土地の地積が三四七・一九平方メートルであると認識していたと思われること、以上の事実が認められ、これらを総合すると、本件土地の地積は、被告主張のとおり三四七・一九平方メートルであると解するのが相当である。
3 乙第二号証の二、第三号証、第一七号証の一ないし六、第一八号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の昭和六二年における路線に付された路線価は一平方メートル当り七万四〇〇〇円であり、奥行逓減、測方路線などによる影響、その他補正すべき事情は見当たらないことが認められるから、路線価方式によって評価される本件土地の価額は、同じく七万四〇〇〇円ということになる。
4 そうすると、利用権を考慮しない場合における本件土地の相続財産の価額は、次のとおり二五六九万二〇六〇円となる。
本件土地の昭和六二年路線価七万四〇〇〇円×本件土地の地積三四七・一九平方メートル=二五六九万二〇六〇円
二 争点<2>(本件土地上の利用権)について
1 甲第二号証の一、第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一ないし三及び第九号証の一、二によれば、本件土地上には長嶋虔五が昭和六一年八月二八日に建築したクレドール長嶋があること、本件土地については昭和六〇年一二月二八日付で賃貸人を緒方、貸借人を長嶋虔五、賃貸借期間を昭和六一年一月一日から三〇年間、地代を月額三万円、特約事項として権利金一五〇万円を支払う旨記載された賃貸借契約書が作成されていること、本件土地の権利金として各七五万円を支払ったとする昭和六〇年一二月二八日付及び昭和六一年二月七日付の領収書が作成されていること、右契約書に基づく昭和六一年一月分から昭和六二年一二月分までの地代の支払を記入した通帳があること、以上の事実が認められる。
2 他方で、前掲各証拠、甲第二号証の二、第二二号証の一、二、乙第六号証の一、二、第七、第八号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一ないし五、第二三、第二四号証、証人田上昭一及び同長嶋京の各証言によれば、右賃貸借契約書等は作成者が誰であるか明確でなく、筆跡は緒方及び長嶋虔五のものとは異なっていること、本件土地の地代の通帳には緒方の実印が使用されている部分があるが、緒方の他の地代の通帳には全て認め印が使用されていること、昭和五九年一〇月ころから緒方と同居していた田上は、権利金七五万円の領収書二通及び本件土地の地代の通帳については緒方から生前聞いたことがなく存在も知らなかったと証言していること、田上は神戸市に居住していた長嶋虔五の依頼によりクレドール長嶋の管理者として家賃収入からローン等の経費を支払い、緒方に対し、本件土地に隣接する土地上にある長嶋虔五所有の共同住宅(コーポ長嶋)の地代として五万円を支払っていたが、長嶋虔五から本件土地の地代についての支配は委託されていなかったこと、緒方は本件土地以外に田上、長嶋虔五らの身内に対し土地を賃貸していたが、同人らとの間の賃貸に関しては賃貸借契約書は一切作成しておらず、地代についての通帳のみを作成していたこと、前記緒方と長嶋虔五との間の本件土地の賃貸借契約書・権利金領収書・地代通帳に貼付の印紙は昭和五六年五月一日以降適用のものではなく、昭和六二年四月一日以降適用のものが使われており、右契約書、領収書及び通帳はいずれも昭和六二年四月一日以降に作成されたものである可能性が高いこと、以上の事実が認められる。
3 右1に認定のとおり、本件土地について賃貸借契約が締結された旨の契約書、地代通帳及び権利金領収書などが存在するものの、右2に認定のように、その体勢は不自然であり、後日相続税の申告にあたり作成されたものである可能性が高く、その信用性は極めて低いと言わざるを得ない。そして、この点に関する証人長嶋京の証言は曖昧であり昭和六二年四月以前に右各書証を見たことがある旨の証言は到底採用できない。
したがって、本件土地については、緒方と長嶋虔五との間に賃貸借契約が締結されていたと認めることはできず、使用貸借関係しかなかったものと解するのが相当であり、被告が自用地として認定したことは適法であるというべきである。
三 以上一及び二に判示のとおり、本件土地につき借地権価格の控除をなすべき理由はなく、相続財産の価額は前記一4のとおり二五六九万二〇六〇円となり、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告長嶋が申告した相続財産の課税価格四一四四万円に本件土地価額の増額分を加えた課税価格の合計額は五三〇〇万一〇〇〇円(一〇〇〇円未満は切り捨て)であるから、これによって全相続人の課税価額は二億〇六四六万一〇〇〇円、基礎控除後の課税遺産総額は一億五八四六万一〇〇〇円(相続税の総額は四三二四万三〇〇〇円)となる。
したがって、被告の原告長嶋及び同牟田に対する本件更正処分は適法であると言わねばならない。
四 被告は、更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないとして、同条一項に基づき、原告長嶋に三五万五〇〇〇円、原告牟田に六万円の過少申告加算税を賦課決定する旨の処分をしているが、右一及び二の判示の事実によれば、本件土地についての地積や借地権の負担の有無などについては、本件課税処分前に当然に基礎とされるべき事実であったことが明白であるから、右過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
五 以上によれば、本件課税処分は適法であり、したがって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 湯地紘一郎 裁判官 小池明善 裁判官大原英雄は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 湯地紘一郎)